SNS 写真時代に“写真を撮ること、言葉で伝えること”

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彼女は走った。行き交う車のヘッドライトは、肩で大きく吸っては吐いて出る白い息と混ざり合っていた。足は大分前から悲鳴を上げていて、立ち止まってしまえば棒になるだけなのは容易く予想できた。大きく息を飲み込むと次の息からさらに苦しくなった。喉に尾を引く鈍い痛みが少し気になった。

強く握りしめたiPhoneは、18:45を知らせていた。すると、液晶が切り替わった。すぐさま耳に押し当てた。酷い摩擦音の先から聞こえてきたのは、待ち望み続け、明け暮れたほどのあの声だった。言い知れぬ震えと熱は涙に変わるしかなかった。そこからどこまで来たのか、気づけば地面に横たわり、持ち合わせたエネルギーというエネルギーは目と口を辛うじて動かせる程度しか残されていなかった。世界は全面に夜空だけだった。力なく広げた掌に乗るiPhoneは、その光を閉ざしていた。街を彩るクリスマスは綿雪を纏い始めていたが、その喧騒はここではないどこかにあって、届く余地はなさそうだった。

「 写真を撮ること、言葉で伝えること 」

ワッチャゴナドゥ、鈴木悠介です。今夜もよろしくお願いします。

SNS写真時代に“写真を撮ること、言葉で伝えること”

はじめに

写真と言葉はひとつ

写真に言葉を添えること、またその逆の場合も然りですが、写真と言葉は相互に影響し合うことでそのメッセージ性をとても高くする効果があると思います。写真と言葉の関係性はとても密接で、お互いを適合させたそのメッセージは、もはや隔たりを設ける必要がないほど、一体となり得るものとして捉えることもできるかと思います。

日々SNSで多数の写真が投稿され、その多くの場合、写真だけではなく言葉も添えられている時節において、今一度写真を撮ることと言葉で伝えることについて考えてみたいと思います。

写真と言葉の関係性を再認識する

写真に言葉を添えることでその写真のメッセージは誘導されていきますが、どのような言葉を使用するかがとても重要だと思います。その選択する言葉で写真の印象は大きく変化していきます。

例えば、写真に起こっていることを言葉で説明する場合、イメージは絞られていきます。
また、抽象的および写真と関係のない言葉を使用する場合、イメージは言葉を受けた閲覧者に委ねられます。

イメージを絞るキャプション
イメージを委ねるキャプション
本記事では、どのような場合そうした写真と言葉の関係性が生じるか再認識していきたいと思います。

写真を展示して伝える

写真と言葉が密接に関わっているものとして、写真展がその1つに上げられるかと思います。
その写真展のテーマを言葉で伝えるステートメントの重要度は、写真家によって個人差はあるものの高く、写真作品に浸透していくプロセスに大きな影響力を持っていることは確かです。選び抜かれた言葉は写真作品に物語る息吹を吹き込みます。そのメッセージは写真を飛び出し、その一帯の空間を包む世界を形成するようです。

写真と言葉が合わさったからこそ生まれる発信力の大きさは、現代においても疑いようのない当然でありつつも、その行為自体はとても稀有なものと再認識し取り扱うことが大切だと思います。

また、写真展の展開には様々なアプローチがあり、ステートメントが存在しない写真展もあります。写真作品は言葉に意識の誘導を受けることなく自由度高く伝わり、閲覧者側にそのメッセージは委ねられます。こちらの場合もとても素敵な機会ですよね。

写真を話して伝える

ここで少し今夏の経験談を。

今夏開催した「フォトコーディネートセミナー」において、講師として話す機会やその資料作り、またこうして記事を寄稿する機会を数度いただきました。どのような言葉を選択したら、より分かりやすいのだろうか?、説明の順序はこの流れでいいのだろうか?と、感覚的なものの言いようではなくロジカルに言葉に起こしていく作業は言葉と向かい合うとてもいい機会でした。

ここで重要な気づきとして、伝えるスキルは、写真のスキルとは全く関係のないところにあるということでした。同じ内容を伝えるとしても、話す相手がセミナーのように多数なのか、または1on1で相手を限定して話すのかでは、一様に同様の方法が良いとは言えません。伝える相手が誰でどんな人なのかということを理解し、話し方を工夫することによってはじめて本質的な内容を伝えることが成就すると思います。ここには写真のスキルは関係のないところにあって、伝えるスキルがシンプルに要求され、写真と言葉によって人間性が表立つように感じます。

写真をSNSに投稿して伝える

写真をSNSに投稿することは、上記した展示及び話す要素のどちらも含んでいるように思います。作品を投稿し情報発信を行うポートフォリオ的な側面と、フォロワーやその他の方とのコミュニケーションツールとして活用できる側面の両方の機能を持ち合わせています。

SNSはその両面を兼ね備えながら、ポートレートや風景などといったグルーピングされた垣根を超えて個人を拡散します。当然その写真と言葉の選択は注目を集める環境となります。その投稿や閲覧の手軽さ故に、個人が世界と繋がっているという実感に現実味がない場面もありますが、紛れもなくその写真と言葉は世界に向けて発信されています。

まとめ

写真と言葉の組み合わせを再認識する

  • 写真に起きていることを言葉で説明する場合イメージは絞られ、抽象的および写真と関係のない言葉を使用する場合イメージは委ねられる
  • 写真と言葉を組み合わせた発信力の大きさを再認識して取り扱う必要がある
  • 写真を撮るスキルと伝えるスキルはイコールではない
  • 写真と言葉を組み合わせて取り扱うことは、その人物のキャラクターを形成し誘導する
  • SNSはポートフォリオとコミュニケーションツールとしての両面を合わせもつ写真と言葉を組み合わせたツールであり、世界と個人を容易に繋ぐものであるということを再認識して取り扱う必要がある

最後に

多くのカメラツールで綺麗な写真が撮れる時代。
私の幼少期で言うところの読み書き算盤をできることが、綺麗な写真を撮ることとニアリーイコールな印象があるように思います。写真を編集するツールももはや数え切れないですよね。そうした時代にあって重要度が高く考えられること、それはどのような思考を持って写真を表現し体現していくかに尽きるように思います。その思考の中には、写真にどのような言葉を添えるかということも必須で重要になるように思います。

SNS写真時代、写真と言葉はその非常に高い親和性を持って、写真を取り囲む環境を大きく変革しているように思います。活用方法に違いはあれど、SNSのプラットフォームを利用して写真を言葉と共に発信することは、自己を表現にすることに関して恵まれた環境の1つかと思います。

写真を撮ることに個人の表現を投影することに加えて、言葉も合わせて表現することは、自分自身が何者であるかを指し示すものです。そうしたことを認識した上で、思考を持ってどのように自分自身を描き体現していくのかが大切な時節になってきていると思います。

本日はここまで。ボーイミーツガール。鈴木悠介でした。

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本記事使用写真 『 Tamron mag【 .Frame 】vol.9 』 撮影作品より

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