写真を職業にする人に求められる「写真家の軸」とは。アキラ・タカウエ × 池谷友秀 × 黒田明臣

ファインアートフォトグラファーのアキラ・タカウエ氏(@Akira_TAKAUE)とファインアートや広告写真を中心に活動されている池谷友秀氏(@TomohideIkeya)、ヒーコ黒田明臣氏(@crypingraphy)の3人による対談が実現。活動するジャンルや背景が異なる3人に、写真家として活動を始めたきっかけから、現代の写真家における活動についてまで、3つの話題を軸にお話いただきました。

この記事では、タカウエ氏の写真展(Theretical Urban-Visionology :ソニーイメージングギャラリー銀座)会期中に開催予定だった「3人によるジョイント・トークショー」が、新型コロナウイルスの影響により順延となってしまったため、ヒーコでの対談記事として特別にお届いたします。

プロフィール

アキラ・タカウエ

世界中の都市景観、建築・土木構造をファインアートフォトグラフィーとして撮影。アートギャラリーでの個展・展示、国内外のフォトマガジンの執筆・寄稿、ワークショップの他、インディペンデント キュレーターとして国内外の写真コンテストの審査員等にて活動中。IPA建築写真部門グランプリ等、海外にて受賞多数。工学博士、一級建築士、P.E.

池谷 友秀

1974年生まれ。東京綜合写真専門学校卒。趣味ではじめたダイビングがきっかけで写真を始めたため水を使った作品が多い。広告、CDジャケット、エディトリアル撮影の他、ムービーも手掛ける。また作家として海外での数多くの受賞、国内外の展覧会開催や国際アートフェアに多数出展。

黒田明臣

国内外SNSやコンテストを中心とした活動から商業写真家へ転身。商業領域では広告写真や雑誌を中心に活動。フォトグラファーのSNS活用やコミュニティマーケティングを推進している。ビジュアル制作とメディア運営を主事業として株式会社ヒーコを立ち上げ。同社代表取締役。個人としても、執筆、セミナー、イベント登壇など幅広く活動する。

写真を職業にする人に求められる「写真家の軸」とは。

写真家の道を歩んだきっかけ

Photo by Akira TAKAUE
[タカウエ]

このメンバーで写真のことが語れるのはとても嬉しいです。本来ならば、ギャラリーでリアルタイムのトークショーを楽しく行いたかったところですが……。これも新しい試みとして、楽しんでいきましょう。今日はお二人ともよろしくお願いします。

[黒田]

よろしくお願いします。せっかくの機会ですから、お互いざっくばらんにお話していきましょう。

[池谷]

よろしくお願いします。

[タカウエ]

いくつか話したいトピックがあるので、順番にお話していければと思います。まずは、写真家の道を歩んだきっかけから話していきましょうか。

[池谷]

もともとタカウエさんは橋や建築の専門家ですよね。そこから写真家の道を歩むって、かなり方向転換をされているようにも見えますが、何がきっかけだったのでしょう。

[タカウエ]

きっかけは2つあって、1つは自分のやったプロジェクトのトレースです。2000年代初め、技術者として駆け出しだった頃は、自分の設計した橋とか建築物ができるのがすごく嬉しくって。海外のプロジェクトが主だったのですが、現地の方々は小さなものでもとても喜んでくれるんです。完成後は、現地政府が国内外への広告に使用するための竣工写真や、その対象プロジェクト周辺の都市景観に関する広告写真を撮る必要があります。それを、写真家の方に発注する時間や予算がない時は自分で撮影をするようになりました。これが1つめのきっかけです。

ブータンというヒマラヤ山麓の国で仕事をしていた時、自分で撮った橋や都市景観の写真を現地政府に渡したら反応がとてもよくて「観光庁でこの写真使うよ」と言ってくれたんです。そこが実務としての写真活動の始まりで、そこから自分の造ったものを写真に残すようになったんですよね。

[池谷]

自分の作ったものを、写真に残すことでフィードバックするということでしょうか。

[タカウエ]

そうです。自分が計画や設計から携わっていますから。そこから完成までに様々な方と力を合わせて造る中で、どこで苦労したか、どこを見せないといけないのか、どのポイントから見れば綺麗なのか。それを伝えられるのが嬉しいんですよね。

もう1つは、P.E.(技術士資格)や1級建築士の資格を取る時に当時の上司から「カメラも勉強しないとだめだ」と言われまして。構造計算・理論だけではなく、景観表現についても勉強をしなければいけないと。その両方を知るために写真を本格的に始めました。

[池谷]

そこから次第に仕事としての写真に力を入れるようになったんですね。

[タカウエ]

そうですね。そこから勉強を重ねる中で、建築物の構造や景観理論に基づいた写真に、さらに独自性を加えたファインアートフォトが土木・建築の世界にもあることを知って強烈に惹かれました。挑戦したい世界にある独創性とテーマニズムを目の当たりにしたんですね。

[黒田]

作品としての写真との出会いですね。

[タカウエ]

そこからIPAなどのコンテストにも挑戦するようになりました。でも、箸にも棒にもかからない。そうなればまた勉強するしかないと、より深く写真の勉強に没頭しましたね。ファインアートフォトについて、何が自分のモチーフであり独創性の主たる要素とするか突き詰めました。橋や建築構造の理論はすでに実践していますから、そこからいかに昇華できるかですね。

[池谷]

その物を詳しく知っている人が撮るからこそできる面白い写真ってありますよね。

[黒田]

それはすごく感じますね。本業ありきというか。

[タカウエ]

だから、あきりんのように商業写真のポートレートとか、池谷さんみたいな作風は、私にはまったくできません。橋や建築の実務にダイレクトに繋がっている写真だけが私の領域です。

[黒田]

でも、最初は仕事で必要とされて撮っていた写真が、まさに今は作品として昇華されていますね。

[タカウエ]

ここに来るまでに10年以上かかりましたが、まだまだやれることも考えることもたくさんあります。これからも、土木・建築の専門家として国内外で仕事を行うとともに、専門家の視点で橋など建築物の写真を撮り続けたいです。

商業写真と芸術写真の境界線

Photo by Akira TAKAUE
[タカウエ]

商業写真とアートフォトは何が違うのか、これをすごくお二人に聞いてみたいんです。アートフォトは展示作品ですよね。それは分かるのですが、商業写真の定義が曖昧なんですよ。私にとって商業写真は業務の一部です。設計、施工、土木と建築、そこに写真が入る。さらに、その写真は私の中でアートフォトでもある。

そうすると自分の写真がどっちにも位置するし、どちらでもないように感じるんですよ。商業写真の定義と線引きがはっきりとしていない。でも池谷さんや黒田さんははっきりとされてますよね。お二人ともこの違いをどう考えているのか、詳しく伺いたいです。

[池谷]

実際はそんなはっきりとしていませんよ。商業写真とアートフォトの真ん中ってありますよね?

[黒田]

両立しているケースは全然ありますね。

[タカウエ]

真ん中とはどういう定義ですか?

[黒田]

例えば、池谷さんはまさにその真ん中のことも多いと思いますし、タカウエさんのこの作風で企業の広告を撮ってほしいという依頼が殺到する可能性もありますよね。

[タカウエ]

なるほど。

[黒田]

商業写真の定義が何かにもよりますが、基本的にビジネスとして成り立てば商業写真だと考えています。その括りだけで言うと、ウェディングやコーポレートサイト用の写真もその中に含まれていると思うんですよね。

[池谷]

そうですね。前撮り写真なんかでも、ホテル専属のフォトグラファーに頼むと商業写真の枠に収まりますが、フリーのフォトグラファーだとその枠に収まらない、商業とアートの間のような写真を撮る人もいますね。

[タカウエ]

なるほど。商業写真と芸術写真、その間というのも理解してきました。それでは、使う能力、考えること、レンズ、カメラ、機材関係などは、2つの間で違いますか?

[池谷]

それはもう、考えることは違いますね。機材はそんなに変わらないかもしれないけど。

[黒田]

そもそも僕の中では、商業と芸術は、そこまで明確に分かれていないです。

[池谷]

もう本当に、きっちり分かれているという感じではなく、段階的なグラデーションになっていますね。

[黒田]

そうなんですよね。あとは区別するようなものでもないのかなと思っています。商業か芸術かと、定義からトップダウンで考えるのではなく、撮った写真からボトムアップに見つめてみると。「アートのために撮られた写真だけど結果として商業にも使われた」という話は全然ありえます。

[池谷]

よくありますね。

[黒田]

両方が高次元で成り立っている人もいますよね。商業写真だけどアート写真としても成り立っているような。

[池谷]

白黒をつけようとすると難しい。

[黒田]

難しいですね。はっきりしているフィールドもありますが。

[タカウエ]

そうすると、黒田さんの言うところに私もしっかりあてはまりますね。仕事で撮っていた写真が芸術写真として展示をするようになる。確かに、グラデーションですね。

写真家としての道を歩むには

Photo by Tomohide Ikeya
[タカウエ]

写真を趣味にしている方たちが写真を仕事にしたい場合、商業写真と芸術写真、どちらから入るのが早いのでしょうか?私は実務の延長でしたが、そうじゃない人の場合。商業写真を撮る現場に入るか、作家として動くのか。

[池谷]

どちらが早いかはその人によりますが、商業写真の方が簡単じゃないでしょうか。ECサイトの写真とか。

[黒田]

今はマッチングサイトとかも増えてますからね。まず定義として、先ほど話したように写真でお金をもらえればそれは商業写真だと思っていて。その撮影が誰もが羨むような仕事なのか、100円の仕事なのかは、商業写真という言葉の定義においては関係ないと思っています。だから簡単は簡単。

芸術写真は何をもって芸術写真として扱えるかが難しいですよね。微妙な写真でも、本人が芸術写真って言ったら成立するじゃないですか。でも周りから認められてギャラリストもついている、というところを芸術写真のラインとするならばハードルは一気に高くなります。

[タカウエ]

そうなると、ギャラリーでの展示が1つの基準になりそうですね。

[黒田]

そういう考え方もありですよね。その人の定義によるんでしょうか。そもそも、僕がこういうトピックの時にいつも考えてることですが、商業とか芸術とか、その言葉自体にはあんまり意味がないなあと。その言葉の背景に思い浮かべるものは人それぞれで、定義が難しい。結局、自分自身にアウトプットを含めた雰囲気やイメージを定着させて、世の中の人たちに認知してもらえることが大事だと思います。

[タカウエ]

そうですね。これだけ幅があると、無理に言葉の枠にはめない方がいいかもしれませんね。

SNS全盛における写真家としてのブランディング

Photo by Akiomi Kuroda
[タカウエ]

次に「SNSの活用」というトピックなんですが、黒田さんはすごく上手に活用されてますよね。写真を使ってマネジメントができている。そのコツについて聞いてみたいですね。

初歩的な質問からですが、そもそもなぜSNSは必要なんでしょうか。昔はSNSってなかったんですよ。それが今では、SNSでの拡散が主要になっています。でも、写真などの芸術分野でよく言われることとして、拡散されるとプロモーションとブランディングの区別ができなくなる、ということがありますよね。自分のことを知ってほしいけど、独自性やブランドは守りたい。そのせめぎ合いの中でSNSをどう使っていくものなのかお聞きしたいです。

[池谷]

僕は前提として、あらゆることにおいて見て真似できることは大したことないって考えてます。

[タカウエ]

そうですね。その通りです。

[池谷]

それぐらいの作品はブランディングにならないんです。真似できないものじゃないと。例えば、ピアニストは楽譜見ながら弾いてるけど、でも次はこの音、次はあの音、とか考えてない。あれはものすごく練習してやっと弾いてますよね。確かに楽譜に書いてあるけど、本人の技術と才能がなければ形にはなりません。

[黒田]

人によって弾き方も違いますからね。同じ楽譜を見ても全く同じ弾き方ができるわけではない。ベートーヴェンの第九が、コンポーザーや楽団によって全く違う曲のように表現されているのと同じことかと思います。

[池谷]

そこなんです。見て真似できない。これが大事で、見た人にパッと真似されるならそれは自分のブランディングには繋がりません。SNSにあげる作品も楽譜みたいなものだと思っていて、楽譜を作れることはすごいことですが、その楽譜が簡単に真似できる、量産できる、という内容であれば大したことはないと思います。

[タカウエ]

そこからオリジナリティってところに繋がるんですね。

SNSで「ウケる」ことが全てなのか?

Photo by Tomohide Ikeya
[タカウエ]

以前池谷さんがTwitterにあげていた写真、強烈でした。でも、SNSではあまり反応がよくなかったんです。全然拡散されないし「いいね!」もつかない。僕は実物も見たことがあって、展示だと絶対目を引くんですけどね。質感がディスプレイでは伝わらない。こういうのはオリジナリティはあってもSNSには向かないのでしょうか?

[黒田]

そうですね。その点は立場上すごく考える事が多いんですけど。結果、僕の中でSNSでウケる理由というのはある程度クリアになっています。

その前に、まず前提として「SNSの人たち」というくくりはないんじゃないかと思うんですね。いまはどんな人でもSNSを使っていて、これはソーシャルネットワークと言うように僕らが生きている世界の延長でしかない。

日本の1億3000万人の中で7000万人がSNSに登録していたとして、写真愛好家と言えるような人たちは何人いるでしょうか。SNSでウケるかどうかというのは、写真に詳しくない人に「いいね!」と思ってもらえるかどうかが1つの壁なんだと思います。ここで重要なのは「すごい!」じゃなくて「いいね!」である点ですね。

[池谷]

確かにSNSでは「いいね!」が指標の1つになってますよね。プラスの感情を示すボタン、みたいに捉えていたのですが、見る人にとって「すごい!」と「いいね!」だとSNSでの反応も変わってきますか?

[黒田]

変わりますね。素人目でみると、すごい人がすごい作品を撮っていたとして「いいね!」というより「さすが!」とか「すごい!」だと思うんですよね。「いいね!」とは言わない気がします。その人自身でも写真そのものでも、見る人が近くに感じられる要素がSNSには必要だと考えています。妄想ですけど、池谷さんの作品を、プロフィールに「小学五年生」って書いて黄色い安全帽かぶってる子供がポストしていたら、相当バズると思いますね。

もう1つは、SNSは鑑賞方法が必ずディスプレイであること。作品ごとに適した見方ってありますよね。それとディスプレイがマッチしているかどうかがもう1つの壁。池谷さんの作品の中には漆と制作したものとかあるじゃないですか、あれをSNSで表現するのは難しいと思います。

[池谷]

ありますね。

[タカウエ]

すごくよくわかります。

[黒田]

魚のいないところに餌をまいてもしょうがないのと同じですよね。SNSをやっている多くは大衆ですから。だから、今流行りの加工写真とか、見慣れていないものとか、いいね!と気軽に言えるものなら伸びます。そこからみんな流行りを真似しようとする方向に向かっていく。それが次第にコモディティ化されていくと思うんです。

[池谷]

自分の好きなものだけを見るようになってくるんですね。

[黒田]

おっしゃる通りです。SNSはその性質上必ずと言っていいほどコモディティ化していく傾向があります。何かが流行るとその亜種みたいなものが大量生産されていく。つまり自然と、価値観や世界観の近い人が集まるようになります。それは大衆でも、建築士でも、写真家でも一人の人間として。リアルで気の合う人同士がつながって、関係性が深化していくのも同じですよね。一方で、池谷さんのようなアートに生きるは、人とは違うユニークさを求めますよね。ユニークであればあるほどコモディティ化は難しい。つまり、アートはSNSにおけるコモディティ化とベクトルが逆なんですよね。

SNSが基本的にコモディティ化していく傾向がある中で、アートはいかにユニークであるかが求められる。

[タカウエ]

いろいろ見えてきましたね。

[黒田]

結局SNSって基本的にはソーシャルネットワークなので僕らが生きている世界がデジタル化しただけのことなんですよ。だから仮に、タカウエさんの写真が「いいね!」を集められて大衆化されるものなら、それはある意味アートとしては望ましい状態ではないとも言えるのではないかと思います。ジレンマがありますね(笑)

[タカウエ]

この真っ黒な作風が大衆に受け入れられるイメージは湧かないですね(笑)。

[黒田]

難しいですよね。

[タカウエ]

そしたら、私はやっぱり自分の世界と、それを理解してくださる50いいねを大事にしたいです。

[黒田]

そう思います。でも、きっとその50人は本当に濃い50人のはずです。名も知れぬ人たちかもしれないけど、本当に審美眼のある人たちなんですよ。そもそも、何を表現したいかというアーティストとしての骨子があれば、「いいね!」とかRTなどの数字に振り回される必要はないと思っていますし、歴史の中に自分をどう位置付けるかという観点が大切なんじゃないでしょうか。

[タカウエ]

SNSも面白いですね。勉強になりました。写真家、と1つの言葉にまとめてしまうことは簡単ですが、仕事の始め方から撮るものまで今は多様化していますね。それこそ、SNSがきっかけで写真家として仕事をしている方もいらっしゃいますし。写真を仕事にしている方が増えているからこそ、黒田さんがおっしゃった自分のイメージや表現するものという本質的な部分を、自分自身で理解していることが重要になってきますね。

話も白熱し、もっとたくさん喋りたいところですが…ここまでといたしましょうか。お二人とも、ありがとうございます。

[池谷]

ありがとうございました。

[黒田]

ありがとうございました。

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