「写真は愛」高井哲朗 × 黒田明臣 対談 | 写真と生きる

Pocket
LINEで送る

公益社団法人 日本広告写真家協会(APA)副会長、高井写真研究所所長、様々な肩書を持ち現在も広告写真家として第一線で活躍する高井哲朗氏とヒーコ黒田明臣氏の対談をお送りします。

「写真は愛」 高井哲朗 × 黒田明臣 対談

写真家高井哲朗と黒田明臣の出会い

[黒田]

高井さん、今はおいくつですか?

[高井]

今は67歳だね。

[黒田]

今年68歳になるということですか?

[高井]

2月になったら68歳。

[黒田]

そうか。2月ですよね。

[高井]

そうだね。毎年行っている誕生会はまたやるつもり。

[黒田]

それは是非行きたいです。僕が高井さんと知り合ったのは2014年ぐらいだったと思います。

[高井]

APAで出会ったんだっけ?

[黒田]

いや。その時はまだ写真を始めたばっかりでAPAすら知らなかったんです。

[高井]

どこで出会ったんだったっけ(笑)

[黒田]

二子玉でやったバーベキューの時です。

[高井]

ああ、僕が主催している写真倶楽部のバーベキューのときだね。写真倶楽部の連中がバーベキューをしましょうと言って、バーベキューをやったんだよ。

[黒田]

そうなんですね。

プロカメラマンらしき人がいっぱいいましたね。僕は写真を始めてばかりで、初めて作品撮りをした女の子から誘われてバーベキューに参加したんです。

僕は当時は誰も知らなくて、高井さんがいらっしゃった時に皆が「先生、お疲れ様です」と声をかけていて、これが一番すごい人なんだと思っていました。確かにすごそうだと思った記憶があります(笑)その時が初対面で、その時初めてFacebookをおそらく交換したんですよ。

[高井]

なるほど、もう結構長い付き合いになるね。

そこから本格的に写真を撮りだしてAPAアワードに応募したんだね。

[黒田]

そうですね。それでアワードに応募して入選したんです。

[高井]

たしか変な写真だったよね(笑)

[黒田]

そうですね。おばあちゃんの写真です。

[高井]

あぁそうだ(笑)

最初に入選したのはその頭をなでているやつ?

[黒田]

違いますね。その前の友だちが川から落ちているところの写真です。

[高井]

あれはよく覚えてるね!見た瞬間「なんだ?」と思った(笑)

[黒田]

あれはまだ写真を始める前でコンデジで撮っていたころの写真なんです。

友だちと伊豆にバーベキューをしに行って、飛び込める川に行ったんですよ。

[高井]

もしかして岐阜県?

[黒田]

いえ。伊豆の河津です。河津に河童橋という高さが7Mぐらいある飛び込みの名所があるんですよ。

[高井]

河津?

伊豆に自転車で行った時にそこの高校かなにかに泊めてもらった記憶があるな。

[黒田]

自転車で行ったというのはどういうことですか?

[高井]

岐阜から伊豆の方に自転車で行ったんだよ。最初は北海道に行きたいと思っていたんだけど、親とか先生に反対されて伊豆一周にしたんだ。テントとかも持っていったけど、いざテントをつくってそこで寝ようと思ったら結構怖くてテントには泊まれなかった(笑)

[黒田]

ちょっと待ってください(笑)

そもそも岐阜から伊豆まで自転車で行ったんですか!?

[高井]

そうだよ。

[黒田]

行った上でさらに1周したんですか!?

[高井]

そうそう。10日間ぐらいかかったかなぁ。その後は長野の諏訪湖の近くに親戚がいたのでそっちに行ったんだ。

その頃は自転車大好き少年だったなぁ(笑)高校へは山を二つ越えて片道だいたい1時間ぐらいかけて通学してた。

[黒田]

本当ですか!それはママチャリとかではないですよね。

[高井]

いや、変速付きのやつ。

[黒田]

いやいや、ギアはあるでしょうけど(笑)マウンテンバイクだったんですか?それともシティバイクだったんですか?

[高井]

マウンテンとかシティとかという分類分けすらまだない時代の話だよ(笑)

変速機は付いていたけどね。なにしろ小学校の3、4年の時に新聞配達をしていたから自転車慣れしてたから。

[黒田]

そういう問題じゃないですよ(笑)下手に掘るとそれだけで面白い話が出てきますので話を戻しますね(笑)

[高井]

人生経験豊富だから(笑)

[黒田]

そうですね。67年の歴史の積み重ねがありますもんね(笑)

日本広告写真家協会(APA)とは

[黒田]

高井さんという存在をAPAで知った時、当時僕はまだアマチュアだったのでAPAという団体があること自体に驚きました。

高井さんは僕と違ってずっと広告業界でやってきたわけですけど、APAに入ったのはいつぐらいだったんですか?

[高井]

35歳ぐらいの時だから、もう30年ぐらい前だねえ。

[黒田]

副会長になったのはいつぐらいなんですか。もう結構長いですよね。

[高井]

7年ぐらい前じゃないかな。それまで理事をやったことはあったんだよ。おそらく40歳ぐらいの時だから今から20年ぐらい前でだね。財務か何かをやっていて、あまりに外部からの突き上げが多くて吊るし上げを食らってしまった。

[黒田]

それはコメントしづらいですね(笑) そもそもヒーコの読者にはAPAの事をよくしらない人が多いんですけど、高井さんとお知り合いの方はいると思います。世代もけっこう離れていると思いますが、広告写真業界以外の人たちとも交流が多いですよね。

[高井]

そうだね。仲の良い写真家友達はそういう子が特に多いよ。

[黒田]

それは何か考えがあってそうしているんですか?

[高井]

写真が面白ければ呼んだり、こっちから声をかけたりしてる。学生の子も多いよ。

[黒田]

面白そうだと思ったらAPAのセミナーに来た人や、若手の人と結構知り合っていますよね。そういう意味で言うとベテランなのに壁がないと思います。

[高井]

すぐナンパするんだよ(笑)

[黒田]

すぐナンパして連れてくるんですね(笑)

若手の人たちを見つけては交流してますもんね。そのコミュニケーション能力見習いたいですよ。

[高井]

そうだね。

APAの出発点も近い始まりだった。さっきのAPAの話に戻るんだけど、APAに入ってしばらくして、あまりにもAPAの人が写真が下手だったので、これはなんとかしないと駄目だなと思い立って若手の30代に声をかけてだいたい残ったのが20人ぐらいなんだよ。

ようするに全部ナンパなんだから(笑)

[黒田]

なるほど(笑)

100人くらいに声をかけて20人ぐらいが残ったということですね。

[高井]

そうそう。APAの初期の頃のコメントがそこの本に書いてあるよね。

[黒田]

本当だ。名前が書いてありますね。スタジオエビス。中村成一さんとか。

[高井]

せいちゃんはその頃20代だったね。

[黒田]

今はAPA会員ですよね。

[高井]

うん。

もともと資生堂にいた人なんだよ。

[黒田]

そうですよね。

[高井]

当時のだいたいメイン層が35歳ぐらいで、それより若いのが成一さんだった。まだ就職して間もない頃だね。

[黒田]

いまの自分と同い年ですね〜。すごい。

[高井]

日本はカメラメーカーはしっかりしているんだけどカメラマンがいないよね。自分たちの中から誰か出さないといけないよね。世界にまたをかけなきゃいけないよね。と、いうところがAPAの出発点。

[黒田]

それは今でも言われていますけどね。

[高井]

それからもう30年ぐらい経っているけどな。

[黒田]

何も変わってないですね。今の僕と変わらないです。

[高井]

あまり変わらないよね。

[黒田]

はい。30年前ですか?

[高井]

平成元年なので30年前だね。

[黒田]

ひえ〜。そうですね。ちょうど30年前ですね。5歳だ。実家がここから徒歩五分なんですけど、ちょうどこの事務所付近で滑り台とかして遊んでる頃ですね。

[高井]

そんなときからこういう計画をしていたんだよ。

[黒田]

歴史ありすぎて実感がわかないですね〜。それで人を集めたり、色々と仲間と一緒にやることが増えたんですね。カメラマンは普通に放っておいたら孤独じゃないですか。そういう孤独なイメージが高井さんにはあまりないです。

[高井]

一人はつまらないからね。

[黒田]

そうですね。

[高井]

旅行に行く時も必ず誰か連れていくようにしてるよ。最近は介護してもらうためについてきてもらってたり(笑)

[黒田]

介護ですか(笑) もうちょっと年相応に老いてもらったほうが良いくらいに思いますけど(笑)

好奇心がすべての原動力

[黒田]

にしてもしつこいですが、交流が盛んというのもありますが、純粋に写真が好きなんだなというのがすごく伝わります。仕事はブツ撮りが主軸ということなんでしょうけど、なんでも撮るし一緒にいてもいつもiPhoneで何か撮ってるじゃないですか。

[高井]

そりゃ本当に写真が好きだからだよ(笑)

[黒田]

仕事でもちろんバリバリやっていますけど、それ以外でも写真自体を楽しむという感じが全然なくなっていない感じがしますよね。

[高井]

そうだね。

小学校2年生ぐらいの時に昔のおもちゃの日光写真を初めて見て「なんでこんな風になるんだろう!」と思って大騒ぎをした当時の延長線で生きてきているから(笑)

[黒田]

なるほど(笑)

[高井]

そのままやっているだけの話。

[黒田]

それから60年近くそのままの気持ちなんですね。

[高井]

そうだよ。今でも遊んでいる。写真は光の遊びだから。

iPhoneでも撮影を行うのもそう。iPhoneでこんな色が出せるんだと楽しんでる(笑)

[黒田]

なるほど。そういうことなんですね。

[高井]

そうだね。だからカメラがどうのこうのよりもとにかく光で何かできるということがすごく面白い。だから機材好きというか、メカオタクでもない。ただ光で遊んできただけ。

[黒田]

なるほど。それはわかりやすいですね。その純粋な気持ちがずっと変わっていないわけですよね。

[高井]

純粋も何も好きだからそのままという感じ。

[黒田]

別に意識してないということですね。

[高井]

そういうこと。

だからお散歩の時でも気になったらすぐに写真を撮るようにしてる。

[黒田]

なるほど。

[高井]

別に撮りたいという目的ではなくて面白いので撮っているだけ。

[黒田]

明け方に上野に蓮を撮り行っているとか以前おっしゃっていましたよね。

[高井]

そうだね。愛する人に会いに行く感じ(笑) 今日はどうしているかって気になるんだよ。

[黒田]

蓮に会いに?(笑)

[高井]

そう、蓮に(笑)

[黒田]

次元が違いますね(笑)

[高井]

あいつが呼んでいるから行かなくてはという感じで目が覚めちゃう(笑)

[黒田]

突っ込みどころが多すぎて何も言えないです。ちなみに今も行っているんですか?

[高井]

今は冬なので蓮も咲いてないから行ってないけど、また夏になったら行くと思うよ。

[黒田]

なるほど。

[高井]

あとは紫陽花の季節に紫陽花にも会いに行く。

[黒田]

なるほど。やっぱり撮るのが楽しいという感じなんですね。

[高井]

ちょっと違うな。

別に撮るのが楽しいというわけでもなくて、おそらく何らかの発見があるからじゃないかな。きっと好奇心だけだよ。旅行に行くのも冒険心というよりは好奇心だね。

好奇心が僕の全ての出発点なんだよ。

[黒田]

先程の日光写真もそうですよね。

[高井]

そう。冒険心よりも好奇心。そこがおそらく冒険家になれなかった理由。

[黒田]

でも自転車は冒険だと思いますけどね。

[高井]

そうかな、普通だと思うけどね(笑)

[黒田]

この写真がさっきの上野の蓮ですか?

[高井]

そう、これが愛人(笑)

[黒田]

この方が(笑)

[高井]

この子たちに会いに行ってたの。

[黒田]

なるほど(笑)

[高井]

その前は会いに行ってたのはこっち。

[黒田]

紫陽花ですね。

[高井]

そう、愛人はいっぱいいるんだよ。

[黒田]

花を愛人にできるレベルになるには道が遠そうですね。ちなみに、これはなんですか?

[高井]

これは洋梨。今の時期だと椿だね。洋梨は美味しそうだなと思って撮ったの。時々はラブレターとか愛する人にこの写真を送ってあげたらどうなんだろうと思ってね(笑)

[黒田]

面白いですね。

[高井]

写真がある意味ラブレターになるの。

[黒田]

なるほど。それは深いですね。

[高井]

写真は愛なんだよ。

生と死

[黒田]

僕には高井さんの言ってることの3割くらいしかわからないんですけど、言動だけじゃなくてよく謎なこともしている印象なんですよね(笑)スタジオに芋虫を放し飼いにしていたりとか。

[高井]

たまたまここにいるからだよ。

[黒田]

35年間生きていて、たまたま芋虫が部屋にいたことはないです。

[高井]

ここにアゲハが卵を産むの。

[黒田]

それはわかるんですけど、近くにいても芋虫は普通建物の中に入れないですよね。

[高井]

芋虫って外で放っておいたらすぐ食べられちゃうでしょ?だからこの家の中に芋虫を連れ込んで放置してる。

[黒田]

たまたまじゃない(笑)

[高井]

過保護なんだよ。

[黒田]

(笑) やっぱ、そこも愛ですね。そういうところがみんなに愛されるんでしょうね。しかし中でかくまってるとはいえ放し飼いですよね。死んでしまったら普通に捨てるんですか?

[高井]

死んだら土に返すよ。

[黒田]

なるほど。

[高井]

別に普通のことだよ。

僕はド田舎で育ったので外に遊びに行く時の動物とか植物は自分のペット感覚なの。魚を釣ればそのまま池で育てたり、鳥をとってきたら餌付けして飼ったり、犬だったら拾ってきてその辺で飼ったり。うちには豚もいたし、ヤギもいたし、うさぎもいた。ペットはお友だちではなくて遊び道具だったね。

[黒田]

とはいえ芋虫を放し飼いにしているのはすごいですね。遊び道具を放し飼いにしているんですね。

[高井]

そういうこと。

[黒田]

すごいな。あからさまな愛情ではなくシンプルに飼っていますよね。本当に無関心そうに飼っているのが面白いです。

[高井]

おそらくあまり愛したりしないんだよ。

[黒田]

どういう事でしょうか。

[高井]

僕はおそらく人間としてすごく冷たいんだよね。

[黒田]

そうなんですか?

[高井]

自分勝手で傲慢だと思う。飼っていた犬があまりにも状況が良くないような病気になった時にこのまま生きていてもかわいそうだなと思って安楽死させてくださいと頼んだことがある。

[黒田]

うーん、それは深いですね。ただその決断は愛がないとできないとおもいますけど。

[高井]

要するに遊び道具だから死んでしまいそうなら死んでしまった方がいいというすごく冷たい考え方なんだよね。

[黒田]

でもそれでいいと思いますよ。それが真実のような気がしますけどね。変に情に流される方がエゴというか、弱さだと思います。

[高井]

弟と相談して決めたんだけど、去年父親が死んだ時も延命のために父親に管をつけないでそのままに逝かせてあげてくれとお願いした。それでわざわざ命を永らえたって何もないと思ったから。

[黒田]

なるほど。尊厳死ってのはテーマが大きいですね。

[高井]

だから自然のまま何もやらないで逝っちゃった方が良いと思ったんだよ。

[黒田]

死ぬべき時に死ぬべきという考え方ですね?

[高井]

そう。

[黒田]

それは間違いないと思います。自分が逆の立場だったらそこで見込みもないのに長生きしたいとは思わないです。周りに迷惑もかけたくないし。

[高井]

そうだよね。そのまま逝かせてほしいと思う。

[黒田]

延命治療は今、問題になっていますよね。

写真を見る楽しさ

[黒田]

あと高井さんを見ていてすごいなと思うのは、展示会とかにもよく行っていますよね。自分がアマチュアだった頃にやってた展示とかにも顔出してくれたりするので驚いた記憶があります。「え、来たの!?」みたいな。

[高井]

面白そうな写真は展示で見たいので行ってるね。行っても好き勝手なことばっか言ってるけど(笑)

[黒田]

そうなんですか(笑)

[高井]

写真を見てぐちぐち言うのも面白いんだよ。マイケル・ケンナのただきれいなだけの写真なんて見たってしょうがないんだよ。広告みたいじゃない。

[黒田]

(笑)

[高井]

そして好き勝手言うわけ。一人だと言えないから(笑)

[黒田]

誰かと一緒に行くということですか?

[高井]

そうだね。誰かとくだらないことをしてさらに写真を楽しむわけ。

[黒田]

なるほど。たしかにいつも誰かといるイメージあります。

[高井]

時間がある限りは行っているね。本当に時間があるなら3回は同じ展示を見たいんだけどね。

[黒田]

そうなんですか。

[高井]

まず1回目はパッと見て、2回目は文章とか書いているものも含めてじっくり見て、3回目に行く時は普通に見て、気に入った写真はじっと見るようにしてる。

[黒田]

毎回見る視点が違うんですね。

[高井]

3回ぐらい見るとなんとなくわかってくる。

[黒田]

確かに2、3回目に行くと写真の見方って結構変わりますよね。

[高井]

変わるね。

[黒田]

ファーストインプレッションで「おお!」ってくるものと、これはいいかも….とじっくり本人に思いを馳せる感じとかありますよね。

[高井]

僕は1回目は最初は本当に嬉しさだけだね。

[黒田]

そうなんですか。

[高井]

2回目はこの写真に対してのいろいろなうんちくだなんだかんだを言って、それを見ながらそういうことなのかと理解をして、さらにそれを自分の中で解釈した後にその上で文章や写真を見ていくと3回目ぐらいでだんだん自分で判断ができるようになるわけ。

[黒田]

それは面白いですね。

[高井]

1回目、2回目は持っていかれるよね。

[黒田]

その感はありますね。おもしろいですよね。

高井写真研究所とは

[黒田]

高井写真研究所はできてどれくらいたつんですか?

[高井]

高井写真研究所は設立して30 年ぐらい。

[黒田]

それは高井さんの屋号みたいな感じなんですか?

[高井]

簡単に説明すると、僕は学校を出て5年ぐらい遊んで暮らしていたの。このままだったら水商売の人になるか、写真家になるかという瀬戸際で写真家になることに決めた。最初はロクスタ (六本木スタジオ) に入っていわゆる写真家の先生のアシスタントをやってて。

27歳になってフリーフォトグラファーになり、それからは写真の仕事を生業にして今に至ってる。35歳になって年商が3千万円ぐらいになった時に株式会社にしたんだよ。その時に決めた社名が高井写真研究所。

[黒田]

そうだったんですね。

[高井]

僕が写真で毎回やっていることは実験なので実験の研究発表をするような会社の名前にしようと思ったんだよね。

[黒田]

なるほど。

それでは高井写真研究所で行われているワークショップの東京写真研究倶楽部はどういうものなんですか?

[高井]

東京写真研究倶楽部は2011年ぐらいにできたんだよね。

[黒田]

転機の年ですね。

[高井]

うん。おそらく55歳を過ぎたあたりで暇になったのでつくったのが始まりなんだよね。本当は白金写真研究倶楽部とか白金倶楽部とかにしたかったんだけどすでに名前を使われてしまっていたからダメだった (笑)

[黒田]

確かに白金倶楽部はありそうですね。

[高井]

それでしょうがないから『東京』の文字を頭につけたんだよ。

[黒田]

ちょっと風呂敷を広げたんですね(笑)

定期的に開催されているんですか?

[高井]

だいたい月に1、2回はやってるね。

[黒田]

多いですね。

[高井]

学生も沢山出入りしていたんだよ。

[黒田]

若い人多いですもんね。

[高井]

写真倶楽部の人間同士は、そこで出会って仕事をしたりとか、この場所だけじゃなく意外と外でも繋がっているね。あとはカメラマン以外にも普通の絵描きも来るし、ここには弁護士さんも来たり、鞄職人も来るよ。

[黒田]

どういうつながりなんですか(笑) 鞄職人さんまでくるって(笑)

[高井]

今座っているこのソファも写真倶楽部に出入りしているインテリアデザイナーの人から貰ったものなんだよ。

[黒田]

幅広いな〜。

[高井]

仕事は関係ないね。ただ飲んでいるだけの人も来るし、普通の主婦も来る。主婦の人は子どもを連れて来たりしてるね。子どもができてから来る人もいるから本当にいろいろ。

[黒田]

なるほど。白金という立地もいいですよね。なんかこう誰もが打算的なところではなくて、普通に楽しみに来てるんだなあという感じがして良いですね。高井さんを中心に集まっている感じが良いなというか。写真を学びたい人にも良いでしょうしね。

高井哲朗という人物を深掘りしてみようとしてみたものの輪郭すら掴めないなというところですが、少し写真の話をしましょうか。

次号に続きます

高井写真研究所

高井哲朗 note

高井哲朗 Facebook

プロフィール

高井哲朗

公益社団法人 日本広告写真家協会(APA)副会長
APAアワード 写真作品部門 審査委員長

1978年 フリーとして活動
1986年 (株)高井写真研究所設立。現在広告写真を中心に活動中

受賞歴
1984年 第20回 広告部門 APA賞受賞 (Kodak E-6ポスター)
1987年 第29回 雑誌広告賞受賞(AMEX Gold Card)
第7回 ラハティ ポスタービエンナーレ 第1位(New Basics ポスター)
1988年 第22回 広告部門 APA賞受賞(Uyedaジュエリー雑誌広告)
1989年 第30回 クリオ賞 プリント部門受賞(ハワイアントロピカルポスター)U.S.A
1992年 第35回 The Newyork Festivals Finalist Award (Kodak雑誌広告)
2002年 第30回(社)日本広告写真家協会公募展 APA 奨励賞受賞
2003年 第31回(社)日本広告写真家協会公募展 APA 奨励賞受賞
2007年 第35回(社)日本広告写真家協会公募展 APA 奨励賞受賞

クレジット

制作 出張写真撮影・デザイン制作 ヒーコ http://xico.photo/
カバー写真 黒田明臣
出演 高井哲朗
Biz Life Style Magazine https://www.biz-s.jp/tokyo-kanagawa/topics/topics_cat/artsculture/

Pocket
LINEで送る

More from Akiomi Kuroda Read More