写真と文学 | カメラのファインダーを通じて、果てしなく続くイノセントな世界へ。

別所隆弘氏によるエッセイ三部作堂々完結。点が線となり、すべてがつながる。読んで楽しい、見て楽しい。ヒーコならではの写真文学をお届けします。淡々と読み進めながら写真とカメラのWEBマガジンだったはずと、誰もが思うであろう珠玉のエントリーをお楽しみください。

カメラのファインダーを通じて、果てしなく続くイノセントな世界へ。

見つめる男

18歳の春。誰とも言葉を交わさない生活が始まった。

当時は携帯はもちろんのこと、ネットはおろかパソコンさえこの世界には普及していなかった。
生活は朝起きたら哲学書を読み、昼からは散歩、夜は古い文学全集を読むようなそんな日々を過ごした。静かな生活だった。
時々あの静かな日々を、私はいまも懐かしく思い出す。
そんな生活が始まってすぐのある日、一階の奥の部屋の窓の外を見ていると、一人の男がじっとこちらを見ているのに気づいた。
その視線は、それまでの人生のどの段階においても私が見たこともなかった視線で、私を覗き込むその目にはおよそ何の感情も宿っていない、不思議な目をしていた。
じっと見返していても、そこにはどのような種類の炎も宿らない。
まるで神が魂を込め損ねた泥人形なら、こういう目を持っているのかもしれないという、目。

目。

ほんの数秒見つめ合っただけなのに、23年経ったいまも私の心にその目が焼き付いている。
私の目を覗き込む男は、叔父の家に隣接している病院の入院患者のようだった。
叔父の家に隣接するようにしてその病院が立っていて、その後すぐに分かることになるのだが、昼くらいの時間になると入院患者たちが中庭に散歩に出てくる。
その庭の鉄網に向かって叔父の家の奥の部屋の窓が面していた。
住み始めて最初の数日はたまたま雨だったり、人が出てこなかったりして気づかなかったし、その後も、そう頻繁に私の家の近くまで人が来ることはなかったのだが、その最初の入院患者との邂逅があまりにも強烈だったせいで、その後私は、常にその病院の中庭のことを意識しながらその家に住むことになった。
昼に限らず、朝も夜も、ふとした拍子にあの中庭から私を見つめていた男の目を思い出す。

2つの世界

鉄網と窓の間は数メートルの余白地があったのだが、その数メートルの余地が、まるで、2つの世界を永遠に切り分ける不可侵の約束事のように思えた。多分18歳の私は、それを生と死の境のようなものだと考えていた節がある。私の魂の原風景の一つとして、その光景はその後の私の人生に影響を与えることになる。

大きな声では語られない、私自身に向かって何度も静かに問うような、見えない影としての原風景。

その後数ヶ月、同じような日々が続いて、ある時私は、急に思い立ったようにして大学に行くことを決意する。何がどのように作用してそういう結論に至ったのか私にもわからない。しかし、ある日窓から中庭を見ているとき、ふと思ったのだ。大学に行こうと。それは本格的な夏が始まる少し前、7月の中頃だった。

急いで高校時代の教科書を集め、英単語を覚え始め、切羽詰まり始めた冬には叔父の家を引き払って実家に転がり込み、急に大学に行くと言い始めた私に呆れ顔をしつつ、やはりそれは嬉しいことのようだった親から全面的な支援を受けて、私はなんとか関西のとある大学の末席に滑り込む。哲学科を選んだ。

そろそろ皆さんは、多分こういう風に思っている頃だ。「この話のどこが、ダイナミックレンジの話なのだ」と。
あるいは、前々回の鎌状赤血球の話はどこにいったのだと。早くそろそろ「閑話休題」をして「本題」に入れと。

でも実は、今回の目的は、脱線し続けることなのだ。
閑話し続けること。本題を支えるのは、実はつねに、本題には全く関係のない脱線であり閑話であるということ。
つまり、不要なデータの話。

人生の冗長性

閑話休題。いよいよ本論である。
鎌状赤血球の遺伝子タイプは、マラリアに対する強力な耐性が発見されるまで、その「遺伝的な意味」を取りざたする人間はいなかった。
それはいわば、遺伝子にとっての影のデータであり、本来必要ではない「閑話」であり、生物的な冗長性を担保するための存在だった。
私が大学に行かないという決断から、大学に行くという決断に至るまで、私自身にさえどのように作用したのかわからないあらゆる人生のデータ、物語が、私の過去の中には影絵のように潜んでいる。
それは私という人間の人生にとってどのような表立った意味も成さないように見える、まさに「閑話」であるが、おそらくは私という一人の人間、あるいは18歳から19歳に選んだ道を構成する「影のデータ」なのだろう。
つまり、私という人生の冗長性。その後の私にずっと意味を与え続けるあの目線。
誰にも見せられない、説明できない、でも私の存在に不可分の一瞬。

そしてダイナミックレンジとは、写真のRawデータにおける冗長性そのものだ。
jpgに変換される時に捨てられる影の中に潜んでいるデータは、いまやデジタル現像という手段においては必須の、最も大事な「データ的な余裕」を保証する。
撮って出しでは使われないこともあるし、使ってみても結局どうにもならない写真、「閑話休題」とでも言いたげに捨てられるだけのデータである場合も多いけど、時に、思いもよらないデータが引き出されてきて、自分でも全然思ってもみなかった写真へと変貌するときがある。

脱線の果て

私の人生が、あの瞬間を境に、別の世界線へと入っていった様に。

誰にも、引き出すまで、その意味はわからない。そして、その隠されたデータの意味をどのように価値付け、どのように使うかは我々次第。
想いもよらぬ選択が、あなたの写真を大きく変えるかもしれない。
見えないデータの中に、いわば、未来が隠されている。
それは過去において成された決断からのささやかな未来へめがけての贈り物であるとも言える。
脱線し続ける果てに、人生も写真も出来上がっていく。
人類自体がある日生命のスープから突然意味もなく発生したアミノ酸の成れの果てであり、奇っ怪なまでに頭部の一部分を発達させた、進化系統樹からみれば極めて亜種の傍流であり、宇宙というこの大きな閉じた系のなかの「閑話」のような存在なのだ。

だがその「閑話」である我々人類は、宇宙の中心に向かってカメラを向ける。
我々地球人は太陽系に属しているが、太陽系そのものが天の川銀河に属していて、その天の川銀河の端っこの方、亜流であり、傍流であり、脱線系であり、つまり「閑話」だ。
その端っこの端っこから、中心に向けてカメラを掲げると、空気の条件の良い日には満点の星空と天の川が見える。
そこは我々天の川銀河に所属した生物にとっての、本当の「中心」。
もしかしたら、あの天の川の中心から、「本論」を営む生物がこちらを眺めているのかもしれない。

そんなことを時々考える。

鉄柵に区切られた病院の中庭からでも、日々の労働で擦り切れた身体でも、あふれる情報に疲れ果て壊れかけた魂でさえも、カメラのファインダーを通じて、果てしなく続くイノセントな世界へ想いを馳せることができる。
それが写真というメディアそのものが持つダイナミックレンジだと信じている。

カメラのファインダーを通じて、果てしなく続くイノセントな世界へ。/完

前回の続き

一話目

“もともと特別なオンリーワン”としてのあなた

二話目

永遠の脱線 情に棹させば「別のところ」へ

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